遭難は「自己責任」と言われがちですが、遭難者側が損害賠償を求められる場合のほか、逆にガイドや運営側の安全配慮について責任を追及できたりする場合があります。
本記事では、遭難者とその家族の責任問題に加え、スキー場などの運営企業やガイドの管理・監督責任、そして近年よく報道される立入禁止区域に入ってしまった場合のリスクなど、救助後の責任問題に絞って解説します。
遭難後に問題になる「責任」とは

遭難が起きたとき、注目されやすいのは救助の可否や費用ですが、救助された後に「誰が、どこまで責任を負うのか」が争点になることもあります。
法的な責任についての正しい知識があれば、自分や家族が当事者になったときにも、落ち着いて判断しやすくなるでしょう。
責任は「民事」と「刑事」に分けて考える
まず、責任は大きく民事と刑事に分けて考えます。
遭難後に発生しうる「民事責任」
民事は、損害が生じたときに、その損害を埋め合わせるための責任です。
代表例は損害賠償で、誰かの不注意やルール違反が原因で他人に損害を与えた場合などに問題になります。
遭難の場面では、遭難者が第三者に損害を与えたケースだけでなく、ガイドや運営側の安全配慮が不十分だったとして、遭難者側が賠償を求める形になることもあります。
遭難後に発生しうる「刑事責任」
一方、刑事は、社会的に許されない行為に対して処罰するための責任です。
遭難そのものが直ちに犯罪になるわけではありませんが、明らかな危険行為で他人を死傷させた場合や、重大な注意義務違反があった場合などには、刑事責任が問題になる可能性があります。
遭難後の責任は行動と状況によって変わる

遭難後の責任が問われるかどうかは、単に遭難したかではなく、行動と状況によっても変わります。
具体的には次のような点が、責任の有無や重さを左右します。
ルール違反や危険行為があったか
立入禁止区域への侵入、閉鎖中コースへの進入などがあると、運営側や第三者との関係で責任が争点になりやすくなります。
危険を予見できたのに回避しなかったか
天候悪化が見込まれる中での強行、経験や装備に見合わない行動などは、注意義務違反があったとして遭難者側に不利に働くことがあります。
誰が、どの立場で関与していたか
ガイド付きツアーや施設管理のある場所では、主催者や運営側に安全管理上の注意義務が認められることがあり、責任の所在が複雑になります。
遭難者が負う可能性のある法的責任
遭難後は「助かったら終わり」ではなく、行動内容によっては民事上の請求や刑事上の責任が問題になります。
ここでは、遭難者側に生じやすい法的責任をまとめました。
立入禁止や管理区域外の行動は損害賠償請求を受けることがある

立入禁止エリアへの侵入や、管理区域外いわゆるバックカントリーでの無謀な行動は、単に危険というだけでなく
- 救助や対応に要した費用を請求される
- 損害賠償の対象になる
など、法的トラブルにつながることがあります。
民法709条によると、故意または過失で他人の権利や法律上保護される利益を侵害した場合に、損害賠償責任を負うと定めています。
たとえば…
立入禁止を無視して設備を破損した、スキー場の関係者や救助者に危険や負担を生じさせたといった事情があると、行為と損害次第では賠償責任が問題になり得ます。
第三者を巻き込んだ場合は刑事責任につながることも

自分だけの遭難で終わらず、第三者を巻き込むと「民事の賠償」に加えて「刑事責任」を問われる場合があります。
メモ
遭難者が亡くなった場合に家族に起こり得ること

遭難で命を落とした家族がいる場合、事故の状況によっては「損害賠償」や「費用の請求」といった法的な問題が生じることもあります。
損害賠償の支払い義務が相続の対象になるケース
亡くなった方が第三者に損害を与えた結果として負う「損害賠償責任」は、相続の対象になり得ます。
民法では、相続人が被相続人の財産に属する権利義務を承継する旨が定められていて、借金や損害賠償責任もここに含まれるため注意が必要です。
●民法第896条
相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし、被相続人の一身に専属したものは、この限りでない。
(引用:民法 | e-Gov 法令検索)
一方で、刑事罰のように「本人だけに科される性質のもの」は、本人の死亡によって終了します。
つまり、遺族が「刑事罰を引き継ぐ」ことは基本的にありませんが、「民事上の支払い義務」が問題になるケースはあるということです。
請求が来ても慌てないために知っておきたいこと

請求が来たときに重要なのが、相続の意思決定です。
どうしても支払えないような金額の請求がきた場合は、「相続放棄」を視野に入れるべきでしょう。
相続放棄とは、「はじめから相続人ではなかった」とみなしてもらえる手続きです。
ただし、相続放棄をするには家庭裁判所での手続きが必要で、期限は原則として相続の開始を知ったときから3か月以内に行わなければなりません。
以上の理由から、
注意ポイント
請求書や連絡が来た場合は、焦って口頭で約束したり、その場で支払いに応じたりすると不利になるため注意しましょう。
金額が大きい、相手の主張が強い、何をどこまで払うべきか不明といった場合は、弁護士に相談して対応方針を固めるのが安全です。
運営企業やガイドに問える管理監督責任

遭難や事故が起きたとき、法的な責任は「遭難者本人」だけでなく、スキー場などの運営企業や、ツアーを引率するガイド側にあるケースもあります。
ここでのポイントは、事故を防ぐために必要な注意や、安全管理が尽くされていたかどうかです。
スキー場など運営側の安全管理と設備管理の責任

運営企業は、管理区域内で利用者が安全に行動できるよう、コース表示や注意喚起、危険箇所の管理、リフトや設備の点検などを適切に行わなければなりません。
これらが不十分で事故につながった場合、過失があるとして損害賠償責任を問える可能性があります。
また、設備や工作物の欠陥が原因となるタイプの事故では、いわゆる「工作物責任」が問題になることもあります。
民法717条によると、土地の工作物の設置や保存に瑕疵があり損害が生じた場合は、占有者や所有者が責任を負うと定めているのです。
ガイドやツアー会社は注意義務違反が問題になり得る

ガイド付きツアーや講習、団体行動では、ガイドやツアー会社が「危険を予見して回避するための注意」を尽くしていたかが問われます。
たとえば…
- 天候判断
- ルート選定
- 引き返しの判断
- 参加者の体力や装備の確認
- 危険箇所での声かけ
注意義務に反して事故が起きた場合は、契約に基づく損害賠償や、不法行為に基づく損害賠償が問題になり得ます。
また、ガイドがツアー会社の従業員や実質的な履行主体として動いている場合、会社側に「使用者責任」を問えることも。
注意ポイント
このように、状況次第では施設の運営企業やガイド会社側に責任を問える場合もあるため、すべての責任が遭難者側に生じるわけではないと覚えておきましょう。
遭難における責任問題については弁護士に相談を
遭難は、救助されて終了ではなく、「誰が責任を負うのか」という問題が残ることがあります。
立入禁止区域への侵入や管理区域外での行動が原因になった場合は、施設から費用請求を受ける可能性がありますし、第三者に損害が及んだときは損害賠償や刑事責任が争点になり得ます。
反対に、運営企業やガイド側の安全管理が不十分だったとして、遭難者側が責任追及を検討できるケースもあり得るのです。
もし請求を受けている、家族が亡くなって相続の判断が必要、運営側やガイドに対する責任追及を求めているといった場合は、早めに弁護士へ相談することをおすすめします。
弁護士に依頼すれば、責任の所在や見通しを整理したうえで、相手方との交渉、必要な法的手続きまで一貫して任せられるでしょう。
