電車への飛び込みなどの人身事故で、通勤通学に影響が生じた経験がある方は多いのではないでしょうか。
令和2年に発生した鉄道の人身事故の件数は310件、死者数は168人に上り、うちホームからの転落など電車と接触して死傷した事故は116件となっています。
お子様やご家族が電車に飛び込み自殺をした場合、遺された家族の悲しみやショックは計り知れません。
その遺族の悲しみに追い打ちをかけるのが、損害賠償責任です。
人身事故で電車が止まったり停止したりすると、振替輸送や人件費など、鉄道会社にはさまざまな損害が生じます。
利用客の多い路線では、損害額が大きくなり、遺族が払いきれないほどの額になることも考えられます。
そこで今回は、家族が電車に飛び込み自殺をした場合に、遺族が負う損害賠償の内容や、万が一の場合に利用できる保険などについて説明します。
飛び込み自殺で遺族が負う損害賠償の4つの内容
通勤・通学途中に電車の人身事故に遭遇し、影響を受けた経験がある人は多いのではないでしょうか。
その際、駅員の誘導、振替輸送などを利用した人もいるかと思います。
電車で飛び込み自殺をすると、次の4つの項目の損害賠償責任が発生する可能性があります。
鉄道の振替輸送費
飛び込み自殺(人身事故)で列車に遅れが生じ、鉄道会社が振替輸送を行うのにかかった費用です。
振替輸送費は、振替輸送を行った時間、代替輸送手段の内容、利用客数、交通費の払戻金額等によって変わります。
都会のラッシュ時の事故では影響が大きく、損害額が数百万円を超えることもあります。
一方で、地方の夜間時の事故では、利用客数が少なく影響も小さいことから、数十万円程度で済む場合もあります。
電車の修理費用
飛び込み自殺など、人が列車と接触して列車が破損した場合にかかる修理費用です。
列車自体の破損の程度や、列車の古さによる減価償却などによっても金額は変わります。
列車が少し傷ついた等のケースでは数十万円程度で済むことが多いと言われます。
しかし、接触した衝撃で列車が脱線する大事故に発展したような場合は、修理費用だけでも数百万から数千万円かかり、乗客がケガをしたり亡くなったりした場合は、更に高額になります。
駅員などの人件費
電車を復旧させるために要した駅員など鉄道会社職員の人件費です。
事故が発生した場所や時間帯によって、どの程度の人数を何時間投じる必要があったのか、通常の仕事の範囲を超えるようなものだったのか等で金額が変わりますが、概ね数十万円程度と言われています。
列車等の清掃費
高速で走る列車に接触すると、人体には大きな衝撃が加わります。
事故の後には、周辺の清掃が不可欠のため、清掃費用がかかります。
実際に請求される損害賠償額金額の目安
上記のように、電車の飛び込み自殺等の人身事故の損害賠償額は、事故が起きた時間や場所によって大きく異なります。
利用客の多い駅のラッシュの時間帯、脱線などの大事故に発展した場合など、全ての損害を計上すると、数千万円を超えることもあります。
しかし実際は、鉄道会社から全額を請求されることは少ないと言われています。
具体的には、鉄道会社と遺族の間で話し合いを行い、遺族側の生活状況等を踏まえて、示談によって減額された金額が請求されることが多いです。
それでも、一般的には、損害賠償額は数百万単位になるのが通常です。
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子どもの飛び込み自殺で相続放棄できる場合
飛び込み自殺で生じた損害は、本来事故を起こした本人に対して請求されるものです。これを、損害賠償責任といいます。
本人が亡くなった場合は、遺族(相続人)がその責任を相続し、損害賠償を支払う義務を負います。
とはいえ、損害額が多額に上る場合、遺族が支払いきれないこともあるでしょう。
そのような場合に検討の対象となるのが「相続放棄」です。
損害賠償責任を負う人とは
飛び込み自殺が発生したことに鉄道会社側の責任がない場合、自殺をした側が損害賠償責任を負うことになります。
損害賠償責任を負うのは、次のような人たちです。
飛び込み自殺を図った本人
飛び込み自殺を図った本人が、自らの意思で電車に飛び込んで事故を起こし、存命の場合は、鉄道会社は本人に損害賠償を請求することができます。
日本では、法律で、「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」と規定されています(民法709条)。
電車に自らの意思で飛び込むことは「故意(わざと)」にあたり、それによって、上記の振替輸送や人件費といった損害が生じているため、鉄道会社は、原則として本人に損害賠償請求をすることができるのです。
亡くなった方の遺族
飛び込み自殺を図った方が亡くなった場合は、その方の相続人である遺族が、損害賠償の責任も相続します。
相続というと、家や預貯金などのプラスの財産を相続するイメージが強いかもしれませんが、借金などのマイナスの財産も相続の対象になります。
損害賠償義務は、「賠償額を払わなければいけない」という債務(マイナスの財産)にあたるため、飛び込み自殺をした方が亡くなると、その支払い義務は遺族が相続し、鉄道会社は遺族に対して損害賠償を請求するのが通常です。
責任無能力者の場合の監督義務者
責任無能力者とは、認知症やうつ病、統合失調症など、精神に障害があり、自分で自分の行動の責任を取ることができない人のことです。
子どもも、自分の行動に責任が取れない年代の場合は責任無能力者にあたります。
明確な年齢が決まっているわけではなく、子どもの発達程度によっても異なりますが、過去の裁判例では、概ね12歳程度、小学校を卒業するまでの子どもについては、責任能力なしと判断される傾向にあります。
このような責任無能力者が事故を起こした場合、親などの監督義務者が責任を負うとされています。
監督義務者は、介護者など、相続人以外の人が該当するケースもあります。
責任無能力者が電車に飛び込み自殺を図り、損害が生じた場合は、鉄道会社は監督義務者に損害賠償責任を追及することになります。
メモ
自殺ではありませんが、認知症患者の男性が線路に立入り電車にはねられて亡くなった事故で、鉄道会社は、男性と同居していた妻と別居していた長男に、認知症患者である男性を監督する義務があったとして損害賠償を請求しました。
この事件は最高裁判所まで争われ、妻も要介護認定を受けて身内の補助がないと男性の介護ができなかったこと、長男は長く別居していたことなどから、2人には監督義務がないと判断されました。
どのような人に監督義務があるのかは、本人や介護をしていた人の状況によって変わります。
飛び込み自殺を図った人の精神状況等によっては、監督義務者に損害賠償が請求されるケースもあり得ます。
相続放棄とは
相続放棄とは、相続人が、被相続人(亡くなった方)の権利や義務を一切受け継がず放棄する手続きのことです。
相続放棄は、マイナスの財産だけでなく、預貯金などのプラスの財産も一切相続しません。
そのため、相続放棄をすれば、飛び込み自殺で亡くなった故人の損害賠償債務も相続しないので、鉄道会社からの損害賠償請求に対して払わなくてよくなります。
相続放棄をする場合の注意点
相続放棄をする場合は、次の2点に注意が必要です。
相続放棄をするとプラスの財産にも手を付けられない
相続放棄をすると、相続人としての権利を主張することができなくなります。
そのため、実は故人が預金を持っていて、鉄道会社からの損害賠償の金額より多い遺産があった場合でも、その遺産に手を付けることはできません。
相続放棄をする場合は、先に故人の相続財産を調べてから行うことをお勧めします。
相続放棄にはタイムリミットがある
相続放棄は、いつまでもできるわけではありません。
相続放棄をするときは、故人が最後に住んでいた住所を管轄する家庭裁判所に出向いて、相続放棄の申立てをする必要があります。
注意ポイント
この申立ては、被相続人が死亡した事実及びそれによって相続人となった事実を知った時から3か月以内に行わなければいけません。
子どもや身内が飛び込み自殺を図り、ショックを受けているときに、3か月で相続放棄の結論を出すのは難しいことも多いでしょう。
また、鉄道会社側からしても、損害が大きくなる場合は費用の算出に時間がかかり、そもそも請求が3か月を超える場合もあります。
ポイント
そのような場合は、3か月以内に、相続放棄の期間を伸ばしてもらうよう裁判所に頼むこともできます。
とはいえ、書類の整備などの手続きも必要になるため、相続放棄を検討する場合は、専門家である弁護士にまずは相談することをお勧めします。
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電車の事故に備えて利用できる保険
子どもや身内が、万が一電車の事故を起こしてしまった場合に利用できる保険があります。
しかし、自殺の場合など、対象外となるケースもあります。ここでは、2つの保険のケースをご紹介します。
電車の事故で利用できる自動車の共済保険
自動車の任意保険や共済に加入している方は、電車の事故でも補償を受けられる場合があります。
「ちょこっと共済」と呼ばれる交通災害共済では、電車と接触するなどしてケガをしたり亡くなったりした場合に、最高300万円の見舞金を受け取ることができます。
ただし、自殺や、わざと、または重大な不注意で事故を起こした場合は対象外となるので注意が必要です。
責任無能力者が事故を起こした場合の保険
上記でご紹介した、概ね小学校を卒業するまでの子どもや、認知症やうつ病などの責任無能力者が飛び込み事故を起こした場合、保険の利用ができるように制度が変更されたものがあります。
メモ
例えば、大手損害保険会社のあいおいニッセイ同和損保、三井住友海上火災保険、東京海上日動火災などが、自動車保険の特約として販売している「賠償特約」があります。
これらの特約は、他人にケガや死亡させた場合、他人の財産に損害を与えた場合に保険金が支払われるものです。
従来、保険の対象は、被保険者や同居家族などに限定されていましたが、昨今、認知症患者や概ね12歳以下の子どもなど、責任無能力者が起こした事故の場合は、監督義務者や親権者なども対象になると拡大されました。
保険の約款によっても異なるため、気になる方は、一度証券番号を調べて保険会社に確認してみるとよいでしょう。
電車の飛び込み自殺や事故は弁護士に相談を
子どもや家族が電車の飛び込み自殺を図った、事故を起こした場合、ご家族は大きなショックを受けます。
悲しみと衝撃で、遺されたご自身も参ってしまう方も少なくありません。
そのような中で、鉄道会社からの損害賠償請求に対応するのは、非常に酷です。
金額が妥当なのか、ご自身に損害賠償責任があるのか、相続放棄をすべきなのか、日々悩まれることも多いでしょう。
そのような場合は、まずは弁護士にご相談ください。
弁護士であれば、過去の事例や判例をもとに、ご相談者様にあった解決策を提示することができます。
また、弁護士に依頼すれば、代理人として鉄道会社と話し合いの交渉をしたり、相続放棄をするにしても書類の整備や裁判所への申し立ても任せることができます。
ご家族を突然亡くした大変な時に、一人で頑張らなくても大丈夫です。
弁護士であれば、法的な面で、遺された遺族の方の味方になることができます。
お子様やご家族の電車事故、飛び込み事故の損害賠償でお悩みの場合は、どうぞお気軽に弁護士にご相談ください。
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