従業員の不正には、商品の盗難、書類の改ざん、顧客に対する詐欺、パワハラやセクハラなどさまざまな種類があります。
例えば、2022年に大手牛丼チェーンで役員による女性蔑視の不適切な発言があったケースでは、同社は直ちに同役員を解任し、厳しい姿勢を示しました。
同社の株は一時的に急落しましたが、会社の厳しい対応を受けてか、その後持ち直しています。
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従業員による不正!事例別に雇用者がとるべき対処法
従業員の不正行為には、会社のお金や商品、備品の盗難、顧客情報の不正利用、書類の偽造、経費の不正請求などがあります。 業種や職種によって不正行為の内容は様々ですが、いずれも、企業に大きなダメージを与える ...
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会社としては、不正をした従業員を解雇したくなるかもしれませんが、一般に従業員は労働法規によって厚い保護が与えられています。
従業員が不正をしたからと言って、適切な手続きを取らず、即クビにすると、かえって会社側が解雇権の濫用にあたるとして訴えられる可能性があります。
そこで今回は、不正をした従業員を会社が解雇する場合の手続きや流れについて、注意点を解説します。
解雇の3つの種類とは?不正した従業員を解雇する際の注意点
会社と従業員は、通常雇用契約を結んでいます。
解雇とは、会社(使用者側)が、従業員(労働者側)との労働契約を一方的に終了する手続きをいい、従業員の同意がなくても解雇できるのが原則です。
解雇には次の3つの種類があります。
普通解雇
従業員に、解雇されても仕方がない事情がある場合、「普通解雇」を行います。
例えば、就業規則の違反、病気による就労不能、能力不足等の場合です。
法律上、原則として会社は従業員をいつでも解雇できますが、解雇に「客観的に合理的な理由」がなく、「社会通念上相当」といえない場合は、解雇権の濫用として解雇は無効になります(労働契約法第16条)。
懲戒解雇
従業員が、会社のルールに著しく反するような行為をした場合に、制裁として行うのが「懲戒解雇」です。
例えば、採用時の経歴詐称があった場合や、犯罪をした場合などです。
懲戒解雇をする際は、まず、就業規則に懲戒解雇についての規定がなければいけません。次に、懲戒解雇は制裁とはいえ、解雇をする客観的合理性と社会的相当性が必要です。
整理解雇
会社を存続させるために、人員整理として行われるのが「整理解雇」、いわゆるリストラです。
整理解雇の名のもとに不正な解雇をした場合は、解雇権の濫用として、無効になります。
解雇権の濫用に当たるかどうかは、
- 解雇の必要性があるか
- 会社が解雇を避けるために努力したか
- 整理解雇する人選は適切か
等の基準から判断します。
このように、解雇には3つの種類があり、場面によって取るべき方法が異なります。
不正をしたら懲戒解雇と考えがちですが、普通解雇で十分なのに懲戒解雇をした場合は、解雇権の濫用として無効となるので注意が必要です。
普通解雇か懲戒解雇のどちらを選ぶ?不正した従業員を解雇する理由
従業員が不正をした場合、普通解雇と懲戒解雇のどちらにすべきか迷うかもしれません。
普通解雇・懲戒解雇にあたる解雇の条件や理由には、次のような違いがあります。
懲戒解雇は普通解雇よりも悪質な理由が求められるので、ご確認ください。
普通解雇にあたる解雇の理由
会社が従業員を普通解雇する理由としては、命令違反や勤務不良をはじめ以下のようなものがあります。
業務命令違反・職務規律違反
会社は、従業員に業務命令違反がある場合は、解雇することができます。
具体的には、上司の指示に従わない、出向や異動命令を拒否するなどの場合です。
ただし、業務命令が正当なもので、従業員が今後も命令に従わない等の条件を満たす必要があります。
職務怠慢・勤務態度不良
欠勤・遅刻・早退などの勤怠不良が頻発する場合は、普通解雇の理由になります。
ただし、勤務不良の程度や理由、仕事に与える影響、会社の指導があったか等の事情が考慮されます。
能力不足
従業員が能力不足で、改善の余地もなく、雇用関係を維持できない場合は普通解雇の理由になります。
ただし、十分な指導や適切な評価をせずに解雇すると、解雇権の濫用にあたります。
病気・ケガ
従業員が、病気やケガで仕事ができない状態にあると判断される場合は、普通解雇することができます。
ただし、就業規則で規定した休職期間を経過しているか、会社が配置転換などの配慮をしたかといった事情が考慮されます。
このように、従業員の不正が業務命令違反や多少の欠勤等にとどまるような場合は、普通解雇が妥当と言えるでしょう。
従業員の不正が懲戒解雇にあたる理由
懲戒解雇は、従業員に対する最も重い処分です。
懲戒解雇が認められる条件として、次のような理由に該当する必要があります。
犯罪行為
従業員が犯罪をした場合は懲戒解雇の対象になります。
例えば、横領・背任をした場合、社内で盗撮したり飲み会でわいせつ行為をした場合、同僚とケンカをして暴行したり傷害を負わせたような場合が典型的です。
重大な不正行為
警察が介入する前でも、横領・背任、書類の改ざんなど重大な不正をし、社内で発覚した場合は懲戒解雇の対象になります。
情報漏洩
従業員が、会社に損害を加える背信目的で情報漏洩をした場合は、懲戒解雇が認められやすいです。
一方で、情報漏洩の事実はあるものの、背信目的がなく会社に損害が発生していない場合は、懲戒解雇は重すぎるとして解雇は無効とした裁判例もあります(東京地判H24.8.28)。
経歴詐称
従業員が入社時に学歴・職歴や前科について経歴詐称をしても必ず懲戒解雇できるとは限りません。
会社との信頼関係を破壊するほどの重大な経歴詐称があった場合は、懲戒解雇理由になり得ます。
無断欠勤・遅刻
無断欠勤や遅刻・早退が長期にわたるなど、従業員の勤務不良が悪質な場合は懲戒解雇の理由になり得ます。
ただし、会社にも従業員のヒアリングを行うなどの対応が求められます。
セクハラ・パワハラ等のハラスメント
セクハラ、パワハラ、マタハラなどのハラスメントが、相手の人権を侵害し、会社の秩序を乱すような重大なケースでは、懲戒解雇の理由になり得ます。
懲戒処分後の対応不良
会社が従業員に与える懲戒処分には、戒告処分、譴責処分、減給処分、出勤停止処分、降格処分などがあり、懲戒解雇は最も重いものです。
従業員の不正が発覚し、軽い懲戒処分を与えただけでは改善しなかった等の事情があると、懲戒解雇の理由になり得ます。
このように、従業員に重大な不正があった場合は、普通解雇ではなく、懲戒解雇を検討して問題ありません。
法律違反にならないために!懲戒解雇の4つの条件
上記のように、従業員に重大な不正があった場合は、懲戒処分を検討します。
しかし、懲戒解雇は直ちに認められるわけではなく、懲戒解雇が解雇権の濫用にあたらないか十分な判断が求められます。
違反すると不当な解雇として会社が法律違反の責任を問われかねません。
具体的には、以下の4つの条件をもとに検討します。
就業規則の懲戒処分に関する規定
就業規則に懲戒の理由と種類が記載されていることが必要です。
さらに、その内容は合理的でなければならず、従業員に規定が周知されていることも求められます。
懲戒処分に該当する不正の存在
従業員に、懲戒処分に該当する重大な不正が実際にあったことが必要です。
うわさ等だけで処分すると、解雇権の濫用に該当する恐れがあります。
適正な手続き
懲戒解雇をする場合でも、従業員に弁明の機会を与えなければいけません。
就業規則等で懲戒解雇の手続きの規定がある場合は従います。
法律の遵守
普通解雇をする場合は、解雇日の30日前までに解雇予告をするか、30日分以上の解雇予告手当を支払う必要があります(労働基準法第20条第1項)。
懲戒解雇の場合も同様に、どちらかを選択するのが原則ですが、労働基準監督署長の認定があれば、解雇予告・解雇予告手当の支払いなく例外的に即解雇できる場合があります。
加えて、懲戒解雇では退職金の一部または全部を支給しない会社も多いです。
不正した従業員を懲戒解雇する手続の流れとは
不正をした従業員を懲戒解雇する場合、次のような手続きの流れで行います。
不正が懲戒解雇の理由にあたるかを調査
従業員に不正があった場合でも、直ちに懲戒解雇することはできません。
懲戒解雇は、従業員の規律違反や問題行動が会社の秩序を乱した場合に、制裁として行う最も重い処分なので、不正が処分に妥当するものかを調査して検討する必要があります。
行為としては懲戒解雇の理由に当たる場合でも、背信目的がない、別の社員が原因を作っている、会社に損害がなかった等の場合は懲戒解雇が無効となるケースもあります。
従業員が懲戒解雇を不当解雇として争い、従業員の主張が裁判で認められると、会社は損害賠償責任を負う可能性もあります。
弁明の機会の付与
従業員の不正が懲戒解雇の理由に当たる場合でも、すぐにクビにしてはいけません。
まず従業員に弁明の機会を与え、言い分を聞く必要があります。
もし、後になって従業員が不当解雇を訴えてきた場合、会社が弁明の機会を与えたかどうかは重要な要素になります。
過去の裁判例でも、請求書改ざんなどの不正を働いた従業員を懲戒解雇したケースで、弁明の機会を与えず事情聴取しかしなかったことが不当解雇にあたると判断され、会社に約500万円の損害賠償責任が認められた判例があります(東京地判H22.7.23)。
懲戒解雇通知書の作成と伝達
懲戒解雇をする際は、会社は懲戒解雇通知書を作成して従業員に渡します。
まず、従業員を呼んで懲戒解雇する旨を伝え、同時に懲戒解雇通知書を渡すのが通常です。
後のトラブルを防ぐために、懲戒解雇通知書はコピーをとっておき、従業員に署名させておくようにしましょう。
懲戒解雇の公表
懲戒解雇は、会社と従業員の労働契約の解約だけでなく、会社の規律を守るためのものでもあります。
そこで、会社は従業員に懲戒解雇を通知した後、従業員を懲戒解雇した旨とその理由を職場で公表します。
失業保険受給のための諸手続
従業員を懲戒解雇したら、失業保険受給手続を進めます。
具体的には、離職証明書等を準備してハローワークに送ったり、社会保険の手続、残給与の支払い等を行います。
上記のように、懲戒解雇の場合、労働基準監督署長の除外認定を受ければ、解雇予告や解雇予告手当の支払いなく解雇することができますが、除外認定を受けない場合は、解雇予告手当の支給の手続きも行います。
不正した従業員を解雇するメリット・デメリット
上記のように、不正した従業員でも、解雇するには守るべき条件や手続きがあります。
解雇するにはメリットとデメリットがあることを把握したうえで対応することが必要です。
従業員を解雇するメリット
不正した従業員を解雇、特に懲戒解雇するメリットとしては、世間に対して会社の法令順守の姿勢を示せること、社内に対して会社が従業員を守る姿勢を示せることがあります。
社員であっても、不正に対して厳しい姿勢を示すことで、会社の信頼度をかえって高める効果も期待できます。
また、不正した社員を厳正に処分することで、真面目に働く他の社員を守り、会社は従業員を適切に評価しているという姿勢を示すことができます。
従業員を解雇するデメリット
会社が不正した従業員を解雇するデメリットには、不当解雇として後日訴えられる可能性があります。
不正をしたからと言って、会社がペナルティを自由に与えることはできず、実際書類の改ざんという不正をした従業員が不当解雇を争い、会社に損害賠償責任が認められた裁判例もあります。
重大な不正なら解雇をして差し支えありませんが、きわめて軽微な不正で解雇に懸念があるような場合は「退職勧奨」と言って、自ら退職を促すような働きかけをすることも効果的です。
不正した従業員の解雇が法律違反にならないためには弁護士に相談を
従業員の不正は後を絶ちません。
SNSが発達した今日、従業員の不正や不祥事はすぐに広まり、対応を放置していると、より会社の評価や株価を下げることに繋がります。
一方で、従業員の処分を誤ると、会社が不当解雇として訴えられるリスクもあります。
従業員が不正をした場合、取引先や株主など関係者への対応だけでも大変です。
そのような状況下で、不当解雇のリスクを背負いながら従業員の対応をするのは、非常に酷です。
不正をした従業員を解雇できるのか、解雇するとしても方法は何か、取るべき手続きを取っているかなど、悩まれることも多いでしょう。
そのような場合は、まずは弁護士にご相談ください。
弁護士であれば、過去の事例や判例をもとに、適切な方法で解雇をすることができます。
従業員の不正や、その後の対応でお悩みの方は、どうぞお気軽に弁護士にご相談ください。
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