「いつもと違うルートで出勤途中にケガをした」「営業先に向かう途中で交通事故に遭った」「会社帰りに寄ったコンビニで転倒して負傷した」など、通勤中に事故に遭うケースは少なくありません。
このような場合に、労災の対象になるのか、仕事を休むと収入が途絶えてしまうのではないか、悩む方も多いのではないでしょうか。
労災というと、仕事中の事故やケガしか出ないと思われがちですが、通勤中の事故でも労災の対象になる場合があります。
そこで今回は、通勤中の事故やケガで労災になるケース、ケガが理由で仕事ができなかった場合の休業補償などについてご説明します。
労災とは?労働災害の2つの種類
労災(労働災害)とは、労働者(会社勤めの人など)が、仕事中や通勤途中に発生した病気やケガのことをいいます。労災と認められると、労災保険から補償等のサポートを受けることが可能です。
労災には、ケガや病気が生じた場面によって、次の2つの種類があります。
業務災害
業務災害とは、労働者が仕事中に、仕事(業務)や仕事に関連する作業をしたことで、ケガをしたり、病気になった場合をいいます。
例えば、工場での作業中に機械に手を挟まれケガをしたケースなどが典型的です。また、長時間労働で過労死したケースでも、業務が原因でうつ等になり死亡したという関連が認められれば、業務災害として労災に認定されることがあります。
通勤災害
通勤災害とは、労働者が通勤中に、ケガをしたり病気になった場合をいいます。
例えば、マイカーで勤務先に向かう途中で交通事故に遭い、ムチウチになったケースでは、通勤中のケガとして労災にあたります。時々、会社に届け出た通勤ルートや通勤手段でないと労災と認められないという話を聞きますが、そうとは限りません。必ずしも決まった通勤ルートや通勤手段でなくとも、合理的なルートや方法であれば、労災と認められます。
通勤中の事故やケガで労災を利用できる5つの条件
通勤中にケガ・病気・死亡したとしても、必ず労災になるわけではありません。労災保険で補償を受けるためには、通勤災害として労災に認定されることが必要です。
通勤災害にあたる条件は労働災害法で、次のように定められています。
就業に関する移動であること
いつもの通勤ルートで事故に遭った場合でも、休日に遊びに行く途中だった場合は通勤災害にあたりません。
以下の3つのどれかにあたること
住まいと勤務先の関係について、次の3つのいずれかに当てはまることが必要です。
住居と就業場所の間の往復であること
住居とは、労働者が住まいとして日常生活を送っている家などをいいます。
通常は自宅ですが、台風などで帰宅できず自宅以外に宿泊した場合や、家族の介護で病院に泊まったような場合は場合は、宿泊先が住居となりえます。
就業場所とは、仕事を開始し終了する場所をいい、職場のほか、当日に限り出向く工事現場や営業先なども含みます。
就業場所から他の就業場所への移動であること
職場から営業先に向かう途中などを指します。
別の職場で副業をしているケースで、本業の職場から副業先に向かう途中で事故に遭ったような場合は、「就業の場所から異なる就業の場所への移動」にあたると考えられます。
単身赴任先住居と帰省先住居の間の移動であること
異動などで住居から通勤できなくなり単身赴任をした場合に、単身赴任者が単身赴任先と帰省先である元の住居を移動することです。
ただし、移動の理由として、配偶者の仕事の都合で別居せざるを得ないとか、独身でも親の介護で元の家に行く必要があるなど、やむを得ない事情が必要です。
合理的な経路及び方法による移動であること
必ずしも、会社に届け出た通勤ルートや最短ルートである必要はなく、一般的に労働者が通勤に利用すると考えられるルートや方法であれば、「合理的な経路及び方法」と判断されます。反対に、特に理由もないのに著しく遠回りをしたようなケースでは、合理的な経路・方法にはあたらないと考えられます。
業務の性質を有さないこと
移動自体が仕事そのものにあたるケースでは、通勤災害ではなく、業務災害となります。
移動の経路を逸脱し、又は中断していないこと
「逸脱」とは、仕事や通勤と関係のない目的で通勤ルートをそれること、「中断」とは、通勤ルート上で通勤とは関係のない行為をすることをいいます。
通勤ルートから「逸脱」「中断」した場合でも、「日常生活に必要な行為で、最小限度のもの」である場合は、通勤ルートから外れている時間を除いて通勤に該当すると考えられています。
他方で、会社からの帰り道に、通勤ルートと異なる場所に遊びに行く途中で事故にあったようなケースは、原則として労災にあたりません。
なお、厚生労働省では、「逸脱」「中断」にあたるかどうかの例について、次のようなものを挙げています(平成18.3.31基発0331042号)。
「逸脱」「中断」にあたるケース
- 通勤途中で麻雀を行うケース
- 通勤途中で映画館に入るケース
- 通勤途中でバー等で飲酒するケース
- デートのため、長時間ベンチで話し込んだり、通勤ルートから外れるケース
「逸脱」「中断」に当たらないケース
- 線路の近くにある公衆便所を使用する場合
- 帰宅途中、通勤ルートの近くにある公園で短時間休息する場合
- 通勤ルート上の店でタバコや雑誌などを購入する場合
- 駅構内でジュースの立ち飲みをする場合
- 通勤ルート経路上の店で喉の渇きを癒すためにごく短時間、お茶、ビール等を飲む場合
- 通勤ルート上で商売している路上占い師に、ごく短時間手相や人相を見てもらう場合
寄り道したり違うルートで通勤したら?通勤災害の具体例
通勤災害にあたるか問題になりやすいのが、上記でご説明した「合理的な経路及び方法」にあたるか、「移動の経路を逸脱し、又は中断していない」か、という点です。
通勤災害と認められるか、具体的な事例をご紹介しますので参考にしてください。
普段と違う通勤ルートを使ったケース
会社に届け出をしていた通勤ルートでなくとも、そのルートが「合理的な経路」と認められれば、普段と違う通勤ルート上で事故にあっても通勤災害と認められます。
ただし、「合理的な経路」であるかどうかを判断するにあたっては、会社に届け出をしたルートとの関連性は検討要素になりえます。
例えば、普段通勤する電車の路線で人身事故があり、別ルートで通勤したような場合は、合理的な経路と認められやすいです。
自宅から営業先に直行・直帰する途中のケース
外勤の営業担当者が、担当区域の営業先を回って自宅に直行・直帰するようなケースでは、自宅から最初の訪問先である営業先が業務開始の場所に、最後の訪問先である営業先が業務終了の場所にあたります。
そのため、自宅から最初の営業先への移動、最後の営業先から自宅までの移動は通勤と考えられ、直行・直帰の途中でケガをした場合は、それが合理的な経路であれば通勤災害として認められる可能性が高いです。
通勤途中にコンビニに立ち寄ったケース
通勤途中の些細な行為は、通勤経路の「逸脱」「中断」に当たらないと考えられています。
例えば、出勤途中にコンビニに立ち寄ってコーヒーを買ったところ、出口で転倒しケガをしたようなケースです。
コーヒーの購入は通勤とは直接関係ありませんが、些細な行為として通勤災害として認められます。
退社後に夕食を食べたケース
勤務先から帰宅途中、飲食店に立ち寄って夕食を取り、その後自宅に向かう途中に自転車と接触してケガをしたようなケースが考えられます。
このように、帰宅途中で食事をとるような行為は、通勤の「逸脱」「中断」にあたります。
しかし、「日常生活上必要な最小限度の行為」にあたる場合は、合理的な通勤ルートに戻った後は通勤に該当するとされています。
どのような行為が日常生活上に必要な最小限度の行為になるかは、状況によって異なります。
同じ夕食をとる行為でも、仲間内の飲み会を兼ねた場合や、専ら飲酒する目的だった場合は、日常生活に必要な行為とは言えず、飲食後に通常の通勤ルートに戻っても通勤には該当しません。
一方、会社の命令で参加した飲み会帰りにケガをしたような場合は、業務に関連性があるとして通勤災害と認められる場合もあります。
子どもの送迎や親の介護をするケース
子どものお迎えのために幼稚園に立ち寄ったり、家族の介護のために実家に立ち寄ることは、通勤の「逸脱」「中断」にあたりますが、「日常生活に必要な最小限度の行為」に該当すると考えられています。
また、通常のルートからそれても、「合理的な経路」の範囲内と考えられます。
ただし、通勤災害と認められるのは、お迎えや介護の前後、通常の通勤ルートでケガをしたケースに限られます。
介護中に腰を痛めてケガをしたような場合は、通勤災害にあたりません。
また、日常的な立ち寄りではなく、1回限りの立ち寄りだった場合も、通勤災害として認められる可能性は低いです。
帰宅途中に習い事に寄ったケース
習い事に立ち寄る途中にケガをしたような場合、通勤災害にあたるかは、習い事と業務の関連性によって変わります。
業務で役立てるために語学スクールに通うような場合は、通勤災害にあたる可能性が高いです。
一方、個人の趣味や体力づくりでジムに通うようなケースでは、通勤災害とは認められません。
早出・残業をしたケース
通常より早い時間に出勤する途中でケガをした場合、会社からの業務命令で早出をしたような場合は通勤災害に該当します。
他方で、社内サークルの会合や、朝活としてヨガをするような業務に関連性のない理由の場合は、通勤災害と認められる可能性は低いです。
また、業務終了後、社内サークル活動のために退社しなかったようなケースでは、もはや業務との関連性が認められないとして、通常の通勤ルートでケガをしても、通勤災害と扱われない場合があります。
通勤中の事故で労災認定されたら受けられる休業補償など3つの給付
通勤災害でケガをしたり病気になった場合、労災保険を利用すると、次のような給付を受けることができます。
療養補償給付
療養補償給付とは、通勤災害で負ったケガや病気を治療・療養するために、必要な費用が給付されることを言います。具体的には、次のような費用が含まれます。
- 治療費(診察費用、検査費用など)
- 治療に必要な薬や包帯などの治療実費
- 医師の処置料、手術代
- 自宅療養で必要な看護費用
- 入院した場合にかかる部屋代や食事代
- 入院、通院したり、転院するための移動費用
休業補償給付
休業補償給付とは、通勤災害でケガや病気になったために仕事ができず、給料(賃金)が入らない場合に支払われる給付をいいます。休業補償は、通勤災害でケガをして働けず、賃金が支払われなくなった4日目から支給されます。
いつから働けなくなったかは、治療の必要性を医師が指示した日が基準になるのが前提です。医師の指示を受けず、自主的に休んだ場合は休業日数に含まれない恐れがあるので注意が必要です。
支払われる金額は、「給付基礎日額の6割×休業日数」です。給付基礎日額とは、該当の通勤災害が発生した日、または医師の診断でケガをしたことが確定した日の、直前3か月間に支払われた賃金総額を日割りした金額のことです。賃金には、ボーナスや臨時収入は含まれません。
休業補償を受ける場合は、別途休業特別支給金として、給付基礎日額の2割が支給されます。そのため、休業補償給付と合わせると、給与の約8割の補償を受けることが可能です。
障害補償給付
障害給付とは、通勤災害で負ったケガや病気が完治せず、後遺症が残り、その後遺症が後遺障害に認定された場合に支給されるお金のことをいいます。
後遺障害は、後遺症の程度に応じて重い1級から軽い14級まで等級が定められており、等級に応じて支給される額が変わってきます。
通勤中の事故が労災にあたるか迷った場合は弁護士に相談を
お勤めの方は、毎日、自宅と会社を往復するとは限らず、所用でルートを変えたり、食事するのに飲食店に立ち寄ったり、同僚と会食したりすることもあるのではないでしょうか。
それだけに、通勤災害にはさまざまなケースがあります。
通勤中の事故でケガをしたり病気になった場合に、通勤災害として労災に認定され、労災保険から補償を受けられれば、通勤災害が原因で働けず給与がもらえなくても、約8割をカバーすることができます。
そこで、通勤中の事故が通勤災害にあたるかどうかは大きな分かれ目になります。一方で、通勤災害にあたるかどうかの判断は、労働者の事情や、立ち寄りなどをした事情によっても変わるため、自分では判断が難しい場合もあります。
しかし、弁護士であれば、過去の裁判事例などをもとに、通勤災害にあたるかどうかを具体的に判断したり、通勤災害と認められるような主張のアドバイスをすることが可能です。
通勤中に事故に遭い、通勤災害や労災が認められるかご心配な方は、労災に詳しい弁護士にまずはお気軽にご相談ください。
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