父親が亡くなり、「遺産は全て長男に相続させる」「土地建物と預貯金は長男に遺贈し、次男には現金100万円を遺贈する」といった兄弟間で差がある遺言書が見つかったとして、多くもらえる長男の立場だった場合、どのように対応するでしょうか。
不公平な遺言や遺贈があった場合、法律で決められた最低限の取り分がもらえなかった相続人は、多くもらった相続人等に対して、自分の取り分が侵害されているとして遺留分侵害額請求をしてくることがあります。
遺留分侵害額請求をされた場合、放置をすると訴訟に発展する恐れもあるので、無視すべきではありません。
しかし、相手が請求してきても、実際は遺留分を侵害していなかった、侵害されている遺留分の額が少なかったなど、請求通りに応じる必要がないケースもあります。
そこで今回は、遺留分侵害額請求を請求された場合にどのように対応したらいいかなど、手続の流れを解説します。
遺留分侵害額請求をされたら確認すべき4つの点
遺言や遺贈の内容が不公平で、法律で決められた最低限の取り分である「遺留分」が侵害された相続人は、遺産をもらい過ぎた人に対して遺留分を返すよう請求できます。これが遺留分侵害額請求です。
遺留分侵害額請求は、相続人である身内の間でされることも多いため、感情が入ってトラブルになりがちです。
遺留分侵害額請求をされたら、まず冷静に次の4点を確認しましょう。
①相手方が遺留分権利者か確認
すべての相続人が遺留分を主張できる権利を持つ「遺留分権利者」ではありません。
遺留分権利者は法律で次のように定められています。
遺留分権利者とは
- 夫か妻が死亡した場合の配偶者
- 被相続人の子ども、孫、ひ孫など直接の子孫(直系卑属)
- 被相続人の父母、祖父母、曾祖父母など直接の先祖(直系尊属)
つまり、遺留分権利者は、兄弟姉妹を除く法定相続人です。
ポイント
直系尊属は、子どもと子どもの代襲相続人がいない場合のみ、遺留分権者となることができます。
また、相続欠格、廃除された人、相続放棄をした人は遺留分がないので、確認しておきましょう。
一方、遺留分侵害額請求をされる可能性があるのは、相続人、遺言で遺産を遺された人、遺贈を受けた人です。
遺言があれば、法律で決められた相続人以外の人にも財産を遺すことができるため、相続人である家族以外の人が遺留分侵害額請求の対象になることもあります。
②遺留分侵害額請求の時効を確認
遺留分侵害額請求には時効があります。
- 遺留分権利者が、相続が開始したこと・自分が相続人であること・遺留分が侵害されていることを知った時点から1年
- 相続開始から10年
- 遺留分侵害額請求をされてから5年
上記の期間を経過すると、遺留分権利者の権利は時効によって消滅します。
特に、亡くなった被相続人と疎遠だった相続人から遺留分侵害額請求がされた場合、消滅時効期間を経過していることは少なくありません。
また、相手方が主張する「相続開始や相続人であること、遺留分が侵害されたことを知った時」より実は前に知っていて、既に時効消滅しているケースもあります。
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③遺留分の算定が正しいか確認
遺留分は、法律によって決められています。
メモ
なお、遺留分侵害額請求権は、2019年の法改正により、従来の遺留分減殺請求権から名前が変わりました。
また、従来は相続財産自体を渡したり分割する方法もありましたが、改正により金銭を支払うという方法に統一されています。
遺留分権利者が請求してきた割合や金額が、法律で定められたものとあっているか、過大に請求してきていないか、算定の基準を確認しましょう。
相手方の主張する遺留分侵害額が多い場合など、減額を請求できる場合もあります。
遺留分侵害額=【請求者の遺留分】-【請求者の特別受益財産額+請求者の遺贈財産額+請求者が相続によって得た財産額】+【請求者が負担すべき相続債務額】
- 請求者の遺留分=遺留分の基礎となる財産×請求者の個別的遺留分
- 遺留分の基礎となる財産=被相続人が相続開始時に有していた財産の価額+贈与した財産の価額-相続債務額
- 請求者の個別的遺留分=総体的遺留分×法定相続分
とはいえ、上記のように、遺留分侵害額の計算は非常に複雑です。
個人では計算が正しいか確認することが難しい場合も多いので、相手の言い分を鵜呑みにしないよう注意してください。
④請求者が特別受益を受けているかを確認
被相続人が、請求者である遺留分権利者に、「特別受益」に当たる贈与をしている場合があります。
メモ
「特別受益」とは、特定の相続人だけが、被相続人からもらった利益のことをいいます。
具体的には、
- 婚姻のための贈与
- 養子縁組のための贈与
- 生計の資本としての贈与
- 多額の生命保険金
がこれにあたります。
特別受益があった場合は、その金額を相続財産にプラスして法定相続分を再計算し、その金額から特別受益の額を差し引いた金額を具体的な相続分とすることで、不公平感を解消することができます。
特別受益の例
例えば、父親が亡くなり、相続人が長女・次女の2人の子どもだけ、相続財産が合計5,000万円で、「全ての財産を長女に相続させる」という遺言があったケースを考えてみましょう。
次女の遺留分は、法定相続分の2分の1となるので、次女は長女に以下の金額の遺留分侵害額請求をすることが考えられます。
5,000万円 × 1/2 × 1/2 = 1,250万円
しかし、この時、相続財産のほかに、父親が亡くなる5年前に、次女だけに特別受益に当たる生前贈与(1,000万円)をしたことが分かったら、遺留分から特別受益分を差し引いて再計算します。
( 5,000万円 + 1,000万円 ) × 1/2 × 1/2 - 特別受益分1,000万円 = 500万円
当初、1,250万円の遺留分が侵害されたと訴えていた次女の遺留分は、特別受益を踏まえると500万円だったことになります。
このように、特別受益について調べることで、具体的な相続分を本来の金額まで引き下げられる場合があります。
遺留分侵害額請求をしてきた人が生前贈与を受けた可能性がある場合は、不動産登記や預貯金の取引状況を調べて、証拠を集める必要があります。
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内容証明から裁判まで遺留分侵害額請求の手続きの流れ
遺留分侵害額請求は、以下のような流れで進みます。
後になるほど負担が大きくなるため、早い解決を図ることが望ましいと言えます。
内容証明郵便がきたらまずは当事者で話し合う
遺留分侵害額請求をされる場合、まず相手方から配達証明付き内容証明郵便が届き、遺留分侵害額請求の通知がされるケースが多いです。
電話やメールなどでも、請求を受けたことは同じなので、放置しないようにしましょう。
遺留分侵害額請求の通知がされると、まずは遺留分侵害額請求をした側とされた側で直接交渉を行います。
調停で話し合う
話し合いがまとまらなかったり、そもそも話し合いを希望しない遺留分権利者の場合、家庭裁判所に遺留分侵害額の請求調停を申し立てられることがあります。
調停とは、家庭裁判所において、調停委員が仲介に入って、双方の合意を模索する話合いを言います。
調停では、家庭裁判所や調停委員が、中立な立場で双方から意見の聴取や資料の提出をさせたり、財産の評価額を鑑定するなどして、解決案を模索します。
あくまで話し合いで解決を図る手続なので、裁判所が合意を強制したり、強制的に解決方法を決めると言ったことはありません。
訴訟を起こされる
調停で合意に至らない場合、遺留分権利者が訴訟(裁判)を提起することがあります。
訴訟を起こされたら、絶対に放置してはいけません。
相手の言い分がそのまま判決となり、金銭を回収するために強制執行をかけられる恐れもあります。
メモ
なお、訴訟は、遺留分侵害額が140万円以下の場合は簡易裁判所が、140万円を超える場合は地方裁判所が第1審となって行われます(不動産の場合は140万円以下でも地方裁判所が担当できます)。
訴訟手続では、裁判所が中立な立場で、双方の主張と証拠をもとに事実認定を行い、法律と過去の裁判例なども参考に判決を下します。
ただ、いきなり判決に至るのではなく、途中で和解が提案されることが多いです。
双方が和解に応じない場合や、判決にも不服がある場合は、上級裁判所に上訴し、最終的には最高裁判所まで争うこともあります。
上訴すると解決までに数年はかかり、双方の負担も非常に大きくなります。
遺留分侵害額請求に応じることが難しい場合
遺留分権利者からの遺留分侵害額請求が正当な内容である場合、残念ながら遺留分を渡さなくていい方法はありませんが、
- 応じたくない場合
- 請求が大きくて対応できない場合
などは、次の方法をとることが考えられます。
精算方法を交渉する
民法改正により、相続開始が2019年7月1日以降の場合、遺留分侵害額は金銭で精算するのが原則です。
一方、2019年6月30日までに開始した相続については、財産の現物返還が原則です。
しかし、生活の状況によっては、厳密に決められた方法で精算することが難しい場合もあります。
そこで、被相続人が亡くなったのが2019年以前だけれど、遺留分を侵害している不動産で生活していて現物を渡すことが難しい等の場合は、金銭による精算を依頼することが考えられます。
反対に、被相続人が亡くなったのが2019年7月1日以降だけれど、相続財産の換金が難しく金銭が用意できない等の場合は、相続した自動車や不動産、宝石などの現物精算を依頼すること等の方法も検討してみてください。
減額を交渉する
遺留分権利者の主張が納得できない場合、自分でも減額できないか調べて交渉することが考えられます。
減額交渉をする場合は、不動産など財産評価額や、相手が生前贈与などを受けていないか調べておきましょう。
なお、寄与分は遺留分の計算には影響しません。
注意ポイント
寄与分とは、被相続人の財産の維持や増加に特別に貢献した場合に、他の相続人より多く相続財産をもらえる制度をいいます。
具体的には、被相続人の家業を無償でサポートしてきた人や、長年被相続人の介護をしてきた人などが寄与分を考慮されることがあります。
ただし、寄与分は遺留分の算定では考慮されないのが原則です。
そのため、「長年故人を介護したので、遺留分侵害額請求をされる覚えはない」といった主張は認められません。
ただし、相手がこのような事情を踏まえて合意すれば、減額や請求を取り下げてもらうことも可能です。
期限の延長を交渉する
遺産を相続しても、財産がすぐに換金できないなど、手元に現金がなく遺留分侵害額請求に応じられない場合があります。
このような場合は、裁判所に対して、期限の猶予(支払い期限の延長)を求めることができます。
裁判所が資力や不動産の売却期間などを考慮して、期限の猶予が認められると、支払期限が先になるだけでなく、本来払わなければいけない遅延損害金を払わなくて済むメリットがあります。
特に、相続財産が不動産の場合など、資金化が難しい財産を相続した場合は、支払期限の延長を検討してみることも有効な方法です。
これらの方法で遺留分侵害額の精算に変更が生じた場合は、当事者間で「同意書」を作り、双方署名押印しておくと、後々のためにも安心です。
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特に、一人で介護や家を守るために尽力されてきた方だと、応じなければならないのか、疑問に思う方もいるかと思います。
しかし、遺留分侵害額請求は権利なので、放置していると相手方の言い分通りに事が進み、最悪裁判を起こされて、ご自身の財産に強制執行されてしまう恐れすらあります。
とはいえ、遺留分侵害額請求は、そもそも遺留分の算定が難しいこともあり、相手方の言い分がすべて正しいとは限りません。
相手方の主張に納得ができない場合、疑問を感じる場合は、まずは弁護士にご相談ください。
弁護士であれば、相手の主張する遺留分侵害額が適切か判断することができますし、内容証明が届いたり、調停、裁判になったとしても、代理人として全て代わりに交渉をすることが可能です。
遺留分侵害額請求をされてお悩みの方は、遺産相続に強い弁護士にどうぞお気軽にご相談ください。
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