日本では、高齢化社会が進むにつれ認知症の方の人数も増加しています。
平成29年度の高齢者白書によると、2025年には5人に1人が認知症になるという推計が出されています(※)。
このように、親や兄弟、親族など、誰もが認知症になる可能性がある昨今、相続と認知症の問題は切り離せません。
認知症の方が相続人になった場合に遺産をどうやって分けたらいいのか、既に認知症が始まりかけている親が作った遺言書は有効なのかなど、気になる方もいらっしゃるのではないでしょうか。
認知症の方が相続人になる場合、また認知症の方が旅立ち被相続人になる場合に備えて、トラブルを防ぐ対策を検討しておくことが重要です。
そこで今回は、認知症の方に多い相続のトラブルと、トラブルへの対策方法をご説明します。
親・兄弟など認知症の方が相続人の場合
相続とは、被相続人が亡くなった日から、被相続人が所有していた財産や権利義務を、相続人が全て受け継ぐことをいいます。
被相続人が遺言を残さなかった場合は、法律で決められた相続人が、「遺産分割協議」という話し合いによって遺産の分け方を決めることになります。
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遺産分割協議は、原則として相続人全員の合意が必要で、相続人が1人でも欠けた場合は無効になります。
認知症の方が相続人にいる場合、認知症の方も遺産分割協議に参加する必要があります。
認知症になった相続人を外して遺産分割をしたり、親族が認知症になったからといって、子どもや親戚が勝手に代わって遺産分割協議をすることは許されません。
相続人が認知症でも遺産分割できる場合の判断基準
相続人が認知症の診断を受けたからといって、必ずしも遺産分割協議に参加できないわけではありません。
一方で、認知症が進んで判断能力に欠ける状態で遺産分割協議に参加しても、その方の利益を守れない恐れがあります。
認知症の方が遺産分割協議に参加できるか否かは、認知症による判断能力の低下の程度で決まります。
明確な判断基準があるわけではありませんが、民法という法律で「法律行為の当事者が意思表示をしたときに意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする」と定められています。
このことから、少なくとも「意思能力」、つまり、法律行為をしたときに、自分の権利や義務がどのように変わるかを理解できる能力があることが必要と考えられます。
とはいえ、認知症の症状は人それぞれなので、具体的には、医師の診断書や、認知症の疑いがある方に行う簡易検査(長谷川式認知症スケール検査)を参考に、被相続人と相続人である自己の関係性、遺産の存在や遺産分割の必要性を理解できるか等を、会話を通して判断されることになります。
認知症の方が遺産分割をするには代理人・後見人の選任を
認知症の方が確実に遺産分割を行うには、認知症の方の代理人を立てることがポイントです。
代理人を立てることによって、通常と同様に遺産分割を行うことが可能になります。
認知症になった方の代理人を決めるための制度が「成年後見制度」というものです。
成年後見制度の説明は、こちらをご参考ください。
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特別代理人を立てれば後見人に近親者を選べる
成年後見人に選ばれると、本人の財産管理を引き受けます。
そのため、自身も相続人になる場合は、認知症の方と利益が相反するため、成年後見人として遺産分割協議に参加することができません。
この場合は、遺産分割についてだけ特別代理人を立てることで、利益相反を避け、自身は後見人のまま遺産分割をすることができます。
「後見人としては近親者が最適で、遺産分割以外では利益が相反しない」といった事情がある場合に有効です。
認知症の方の相続トラブルを回避する3つの対策
認知症の方の相続トラブルで多いのが、認知症の方が亡くなり被相続人になった場合に、残された家族が遺産の分け方でもめるケースです。
そのようなトラブルを避けるために有効な対策が、以下の3つです。
- 遺言書を作成しておくこと
- 任意後見制度を利用しておくこと
- 家族信託を利用すること
とはいえ、既に認知症になっている方が遺言書を作成できるのか、任意後見人に家族を選べるのかなどの、疑問を持たれる方も多いのではないでしょうか。
そこで、ここでは上記の3つの対策について掘り下げてお伝えします。
認知症でもできる遺言書の作成
遺言書とは、被相続人が生前に、相続人が遺産の分け方でもめないように、自身の思いを書面にしたものです。
遺言をするには、遺言の内容を理解して判断する「遺言能力」が必要です。
遺言能力があるかどうかの判断は、遺言者の年齢、認知症との診断や症状を記した診断書の内容、要介護度、遺言の内容等をもとに行います。
認知症の診断を受けていても、上記のような事情から遺言ができると判断されれば、有効に遺言書を作成することができます。
また、成年被後見人(判断能力がない人)が一時的に回復した場合は、医師2名の立会いの下であれば、遺言書を作成することができます。
一方で、完全に判断能力を失った状況が継続している重篤な認知症の方は、遺言能力がない可能性が高いので、遺言書を作成するのは難しいと言わざるを得ません。
なお、遺言には、
- 直筆証書遺言………遺言の全文、氏名、日付を遺言者が自署して押印する遺言
- 公正証書遺言………公証人が作成し、原本を公証役場で保管する方式の遺言
- 秘密証書遺言………遺言者が作成した書面に自署押印し、公証人役場に持ち込む遺言
の3つの種類があります。
認知症の方が遺言をする場合は、本当に遺言能力があったのかといった有効性が問題になることも多いです。
医師の診断書を備えたうえで、公正証書遺言にしておくことで、後日遺言書が無効と判断されるリスクを抑えることができます。
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任意後見制度を利用しておく
認知症になる前に、信頼できる人と任意後見契約を結んでおくことで、自分が亡くなった場合の相続手続きを任せることができます。
また、今後認知症になった場合には、財産の管理、運用や処分をしてもらうことも可能です。
任意後見人は、弁護士などの専門家が選ばれることが多いです。
任意後見の手続きは、認知症と診断されてからはできないので、早い段階から検討しておくことをお勧めします。
家族信託を利用する
家族信託とは、認知症になった家族の資産が凍結されるリスクを防ぐために、生前に行う相続対策の一つです。
家族信託を利用することで、受託者と呼ばれる人が、相続人が認知症になった後も本人の希望に沿って財産の管理・処分をしてくれます。
家族信託の受託者は、弁護士などの専門家でなく家族を選ぶことができるメリットがあります。
やってはいけない、相続手続きの放置
認知症の方が相続人にいる場合、遺産分割協議手続きが難航するなど手続きが複雑化しがちですが、相続手続きを放置してはいけません。
相続手続きを放置しても罰則があるわけではありませんが、権利や利益の面で大きなデメリットがあります。
たとえば、被相続人に莫大な借金があり、プラスの遺産が少ない場合、相続放棄や限定承認をすれば、借金を丸抱えしなくて済みます。
ただ、相続放棄や限定承認は、相続があることを知ってから3か月以内にする必要があります。
また、相続税の申告は相続があることを知ってから10か月以内にしなければならず、この期限を過ぎると、無申告課税や延滞税がかかります。
さらに、銀行預金口座からいつまでも引き出せなかったり、株式の権利を失う可能性も出てきます。
不明な場合は弁護士などの専門家に相談して、手続を放置せず早急に対応してください。
認知症の方の相続でお悩みなら弁護士にご相談を
今回は、認知症の方に多い相続トラブルについて解説しました。
高齢化社会が進む昨今、誰もが相続と認知症の問題に直面する可能性があります。
それだけに、遺言書の作成や任意後見制度など、認知症になる前に手続を取っておくことで、今後生じるリスクを回避しておくことが大切です。
一方で、これらの手続はすぐできるものではなく、手続きに数か月を要する場合もあります。
認知症と相続の問題で心配な場合は、弁護士に相談して、できるだけ早く対応を進めることをおすすめします。
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