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労災で健康保険を使ってしまった!治療費の補償や対処法を解説

2023年5月30日

労災で健康保険_アイキャッチ

業務中にケガをして、労災(労働災害)にあたるケースなのに健康保険証を使って病院で治療を受け、医療費の支払いをした方はいませんか?

実は、労災では、健康保険は使えないのが原則です。

「労災扱いにしたら会社に迷惑がかかる」「労災にしたら査定に響くのではないか」などと気にする方もいるかもしれませんが、労災なのに健康保険を使っていると、会社が「労災隠し」としてペナルティを受ける恐れがあります。

また、ご自身でも、払わなくていい治療費を払わなくてはいけなくなるなどの不利益も生じます。

今回は、労災で健康保険を使っていた場合にどのように対応したらよいのか、対処法を解説します。

労災事故で健康保険を使ってはいけない?

労災_健康保険証イメージ

労災では、健康保険を使ってはいけません。これは、健康保険と労災保険では、制度と保険の対象が異なるからです。

労災保険と健康保険の違いとは

労災保険とは、労働災害(業務災害・通勤災害)によって、労働者にケガ・病気・後遺障害・死亡が生じた場合に、保険金の給付を受けられる制度をいい、労働者災害補償保険法で定められています。

メモ

公務員の場合は、公務災害と呼ばれ、国家公務員災害補償法・地方公務員災害補償法で定められています。

一方、健康保険は民間企業等に勤める方やその家族が加入するもので、業務外でのケガ・病気・休業・出産・死亡に際して補償をする公的保険をいいます。

このように、労災保険は労働災害のみを対象とし、健康保険は労働災害は対象外です。

法律上も、労災は健康保険の対象外とすることが定められています(健康保険法第1条)。

これは、国民健康保険の場合でも同様で、国民健康保険法で、労災保険が優先することが規定されています。

そのため、労災事故では健康保険を使うことはできず、また労災保険と健康保険の併用もできないことになっています。

病院によって異なる労災で治療費が支払われる仕組み

労災保険で治療を受ける際は、病院窓口で治療費を支払う必要がありません(現物支給)。

病院の窓口では「療養補償給付及び複数事業労働者療養給付たる療養の給付請求書(様式5号)」に必要事項を記入して提出します。

ただし、現物給付が受けられるのは労災指定病院のみで、それ以外の病院・医療機関を受診した場合は、窓口で治療費を一旦全て負担し、労働基準監督署に請求用紙と領収書を提出して還付を受けることになります。

このように、労災申請の手続きは、労災指定病院かどうかで異なるので注意が必要です。

労災指定病院で治療を受ける場合

労災指定病院を受診する場合は、労災保険から、「療養それ自体を現物給付される」と考えます。

そのため、窓口で医療費を支払う必要はありません。労災指定病院は、厚生労働省のホームページで検索することができます。

ただし、労災指定病院を受診する前に、会社から事故日や状況を確認した「事業主証明」をもらい、労災指定病院に提出しなければいけません。

労災病院以外で治療を受ける場合

労災指定病院以外の病院や医療機関を受診する場合は、一旦医療費の全額を自分で支払わなくてはいけません。

受診後に会社から事業主証明をもらい、労災の給付請求書と領収書とあわせて労働基準監督署に提出し、労災保険から同額の給付を受ける流れになります。

労災で健康保険を使っていた場合に取るべき対処法

労災_診察イメージ

上記のように、労災保険と健康保険は制度も対象も異なるため、労災で健康保険を利用することができません。

しかし、もし労災で健康保険を利用していた場合は、労災保険に切り替える必要があります。

健康保険から労災保険に切り替える

労災なのに健康保険を使っていた場合は、労災保険への切り替え手続きを行います。

まず、受診した病院で、労災保険への切り替えができるかを確認します。病院からの回答(切り替えができる場合、できない場合)によって、手続きが異なります。

また、使っていた保険が、健康保険・共済保険の場合と、国民健康保険の場合でも若干異なるので注意が必要です。

労災保険に切り替える手続きの流れ

労災で健康保険を利用していたけれど、労災保険に切り替えができる場合は、病院の窓口で、自己負担分の3割にあたる支払い済みの医療費が返還されます。

その後は、労災保険の申請に必要な「療養の給付請求書」を病院に提出し、切り替え手続きは完了します。

労災の申請を後からする場合の期限は、以下のように決まっています。

  • 治療費:2年
  • 休業補償:2年
  • 障害補償:5年
  • 介護補償:2年
  • 亡くなった場合の遺族への補償:5年

ただし、上記の期限が切れる前でも、病院のレセプト(診療報酬明細)の手続きとの関係で、健康保険から労災保険への切り替えが難しくなる場合もあります。

概ね1か月以内を目安に、できるだけ早く病院に相談するようにしてください。

労災保険への切り替えが認定されなかった場合の手続き

健康保険証を利用した日から一定の時間が過ぎると、たとえ受診したのが労災指定病院だったとしても、労災保険への切り替えができない場合があります。

この場合、健康保険組合に労災に切り替えることを伝え、健康保険側の負担金を返還し、労基署に労災保険を利用する旨の申請を行うという流れになります。

  1. 加入先の健康保険組合、共済組合などに、労災認定を受けたことを連絡する
  2. 健康保険組合側から、それまで保険組合が負担してきた治療費の返還請求の連絡がくる
  3. 上記の治療費を返金する
  4. 健康保険組合側から支払証明(受領証)が届く
  5. 支払証明と、これまでの治療費の領収書、申請書を労基署に提出する

なお、自営業の方など、国民健康保険を利用している場合は、住居地の市区町村が窓口になりますが、その他の手続きは、健康保険の場合と変わりません。

労災への切り替えができる場合と比べて手続きが煩雑になりますが、必ず手続きを行いましょう。

労災手続きをする際の医療費の返金が難しい場合の対処法

上記のように労災への切り替えができない場合、健康保険組合が立て替えていた医療費(7割相当)を返金するため、既に自己負担している3割と合わせて、全額をいったん自己負担する必要があります。

しかし、金額が高額になる場合など、支払いが難しいケースもありえます。

そのような場合は、医療費全額を自己負担することなく、労災を請求する手続きがあります。

具体的には、労基署に申告することで、労基署が返金額と労災保険から今後支払われる労災給付を調整し、保険組合に直接返金するもので、次のような流れになります。

  1. 労基署に、医療費の支払いが困難なため自己負担が難しい旨を申告する
  2. 労基署が、健康保険組合側と調整し、労働者への返金請求額を決定する
  3. 健康保険組合側から、返金請求書が届く
  4. 上記請求書と、「療養の給付請求書」を、労働基準監督署に提出する
  5. 労基署が、労災から支払われる金額と返金請求額を調整し、保険組合に直接支払う

労災に認定されなかった場合の対処法

労災_弁護士イメージ

業務や通勤中に生じた事故によるケガのすべてが、労災に認定されるとは限りません。

労災にあたるかどうかは労基署が判断しますが、労災の認定基準に該当しない場合は、申請は却下されます。

それでも、治療を続けなければ、症状が悪化することも考えられます。労災認定されなかった場合は、次の2つの方法をとることが考えられます。

健康保険で治療を受ける方法

労災認定されなかった場合は、労災保険の適用はありません。そのため、通常の事故によるケガとして、健康保険を利用して治療を受けることができます。

3割の自己負担はかかりますが、労災に拘って10割支払うよりは負担が少ないので、しっかり治療を受けるようにしてください。

不服申立てを行う

労災に認定されず、労災給付が不支給となった場合、不服申立てとして審査請求を行うことができます。

不服申し立ては、不支給の結果を知った日の翌日から3か月以内に、次のような流れで行います。

労働者災害補償保険審査官に対して審査請求する

まず、都道府県労働局の労働者災害補償保険審査官に、「労働保険審査請求書」を提出します。

これは、労働基準監督署長が不支給の決定をしたことを知った日の翌日から、3か月以内に行う必要があります。

審査官の審査結果に不服がある場合は再審査を求める

上記の審査にかかる期間の目安は3か月程度とされています。

この期間を過ぎても審査結果が出ない場合は、棄却(不服を認めないとする判断)したとみなすことができるとされています。

そのため、3か月たっても決定が出ない場合や、審査官の審査結果に対して不満がある場合は、再審査請求行政訴訟に移ることができます。

再審査を求めるときは、労働保険審査会に再審査請求書を提出しますが、決定書を受け取った日から2か月以内に行う必要があります。

再審査でも納得できない場合は取消訴訟を提起する

審査請求や再審査請求でも適切な結論が下されない場合は、不支給決定の処分の取り消しを求めて、取消訴訟を提起することが可能です。

取消訴訟は、処分または裁決があったことを知ったときから6か月以内に、地方裁判所に提起する必要があります。

労災で健康保険を使っていたらばれるのか?

前述のように、労災で健康保険を利用することはできません。

病院で診察を受ける際に、ケガをした理由を聞かれますが、仕事中に事故に遭いケガをしたなどと正直に話すと、労災にあたるとして、病院側から労災保険を使うように言われる可能性があります。

また、労災にすると会社に迷惑がかかると思い、病院でうそを伝えて健康保険を利用した場合、その時点で労災とばれることはありません。

しかし、後で会社から労災にするよう指示があった場合は、医療機関にも迷惑をかけることになります。

労災なのに健康保険を使うと、ご自身の治療費の負担が生じたり、後で後遺症が残った場合の障害慰謝料に影響するリスクがあります。

また、自分だけでなく、会社が労災隠しをしたとしてペナルティを受けたり、本来労災で利用できない健康保険を利用したとして病院側にも迷惑が掛かるなど、多方面に影響が生じます

労災でケガをした場合は、正しく労災保険を利用してください。

労災保険と健康保険はどっちが得?

労災_どっちが得か

労災保険では、健康保険に比べて手厚い給付を受けられる場合が多いです。

具体的には、健康保険では、病院の窓口で自己負担3割を支払わなければいけませんが、労災保険の場合は窓口での治療費負担はありません。

特にケガが重篤で、治療が長引くような場合は、自己負担の有無は大きな差が出ると言えるでしょう。

しかし、労災保険といえど、完全ではありません。

労災のケガで仕事を休み、給料がもらえなくなった場合、労災保険から休業補償給付を受けることができます。

休業補償給付は休業の4日目から、給付基礎日額の6割、特別支給金の2割をあわせて計8割までとなるので、残りの2割についての補償は受けられません。

とはいえ、健康保険に比べると、労災保険で受けられる治療費の3割分や休業補償給付は大きなメリットがあると言えます。

業務災害や通勤災害でケガをした場合は、労災の申請を行い、労災保険給付を利用することをお勧めします。

労災で健康保険を使っていた場合は弁護士に相談を

労災保険と健康保険は、制度や対象、給付内容まで相違点が多くあります。一方で、ケガに対する保険であることは同じなため、労災事故でもどちらを利用してもいいと思っていた方もいるのではないでしょうか。

労災事故で労災保険に切り替えるためには、まずケガが労災認定されること、さらに病院に切替えの手続きを行うことが必要です。

そもそも労災認定されなかった場合、ご自身で不服申し立てや再審査請求を行ったり、最終的に取消訴訟を提起することは非常に負担が大きくなります。

また、労災認定されたとしても、手続きに不安があったり、労災への切り替えができない場合に医療費の前払いが困難で、その申請がよく分からない方もいると思います。

そのような場合は、労働問題に強い弁護士に、まずはお気軽にご相談ください。弁護士であれば、不服申し立てを含む手続きに精通しているので、裁判所に提出する複雑な書類作成も全て任せることができます。また、医療費の前払いが難しい場合の相談も可能です。

労災でケガをした場合、まずはケガの治療と養生が第一です。労災手続きなどで不安がある場合は、弁護士にご相談ください。

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