親が亡くなって相続をする際、生前に自分の兄弟に生前贈与がされていたことを知ったというケースは少なくありません。
生前贈与は、被相続人が存命中に自身の財産を処分できるので、相続対策でもよく利用されています。
しかし、相続人以外の人に全財産を譲ったり、法定相続とは異なる割合で相続人に生前贈与することで、遺された人々の間でトラブルになることもあります。
特に、生前贈与によって自分の遺留分が侵害されていた場合、取り戻したいと考える方も多いのではないでしょうか。
そこで今回は、生前贈与で遺留分を侵害された相続人がどう対応すべきか、注意すべき点について解説します。
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遺留分侵害額請求ができる生前贈与の条件
自分以外の相続人や他人への生前贈与で遺留分が侵害されても、全ての場合で遺留分侵害額請求ができるわけではありません。
遺留分侵害額請求ができる生前贈与は、次のような場合があります。
相続が開始する1年以内にされた贈与
相続が開始する前、つまり被相続人が亡くなる前の1年間に行われた贈与は、無条件に遺留分侵害額請求の対象となります。
贈与の相手が、相続人でも、第三者でも変わりません。
なお、この贈与とは贈与契約のことをいいます。
財産の移転(贈与の履行)は相続開始前1年間にされても、贈与契約自体が1年以上前に行われていたような場合は、原則として遺留分侵害額請求の対象にはなりません。
遺留分権利者に損害を加えると知っていた贈与
生前贈与が、相続開始の1年以上前に行われた場合でも、贈与する人・もらう人の双方が、贈与によって遺留分権利者に損害を加えることを知っていた場合は、遺留分侵害額請求の対象となります。
損害を加えることを知っていた場合とは、遺留分権利者の遺留分を侵害する認識があったことをいいます。遺留分権利者に対して、積極的に損害を加える意図は不要です。
具体的には、無償で不動産を贈与された場合や、借金を免除するような処分も、贈与と同様に考えられるとして遺留分侵害額請求の対象になりえます。
また、有償の場合でも、1000万円の土地を100万円で売った等、不当な価格で処分した場合も遺留分を侵害したものとして遺留分侵害額請求の対象になります。
ただし、これらの行為を遺留分侵害額請求の対象とするときは、遺留分権利者は相手が支払った対価を一旦払う必要があります。
特別受益に当たる場合
特別受益とは、一部の相続人だけが特別にもらっていた利益のことをいいます。
贈与が、相続人への特別受益に当たる場合は、相続開始から1年以上前に行われたものでも、遺留分侵害額請求の対象になります。
具体的には、
- 結婚や養子縁組のための贈与
- 通常の扶養の範囲を超える贈与(生計の資本の贈与)
- 家業を継ぐ相続人への事業用資産の贈与
- 居住用不動産の贈与
などが特別受益に当たると考えられます。
ただし、実際は、贈与が行われた時期や加害の認識によって、遺留分侵害額請求の対象になるかは変わります。
概ね、結婚や生活の援助等のために相続開始前10年以内に行われた生前贈与が、特別受益として遺留分侵害額請求の対象となると考えておくとよいでしょう。
生前贈与でも遺留分侵害額請求の対象にならないケース
上記とは反対に、生前贈与が行われても遺留分侵害額請求の対象にならない場合があります。
日常儀礼の贈与の場合
お歳暮やお中元など、日常的な儀礼として行われた贈与は、遺留分侵害額請求の対象にはなりません。
また、養育費や慰謝料など、法律上の義務として支払われるお金も、遺留分侵害額請求の対象になりません。
なお、学費は、一般的には高校の学費までは、義務教育に準じるとして通常の扶養の範囲とされ、遺留分侵害額請求の対象になりません。ただし、大学以上の学費を支払った場合は、特別受益として遺留分侵害額請求の対象になりうると考えらえています。
進学するかどうかは、家庭環境、他の相続人との関係によっても変わるので、特別受益に当たるかは、総合的に検討する必要があります。
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10年以上前にされた生前贈与の場合
2019年7月1日に民法が改正され、遺留分侵害額請求の対象となる、特別受益にあたる贈与の対象が変わりました。
従来は、特別受益にあたる贈与の時期は問わないのが原則でしたが、改正後は、相続開始前10年以内の特別受益にあたる贈与だけが遺留分侵害額請求の対象になります。
ただし、相続が2019年6月30日以前に開始した場合は、新しいルールは適用されないので、贈与の時期を問わず全て遺留分侵害額請求の対象になる可能性があります。
また、特別受益にあたる贈与が相続開始の10年以上前に行われた場合でも、贈与をした人・もらった人の双方が遺留分権利者に損害を加えることを知っていた場合は、遺留分侵害額請求の対象になる可能性が高いです。
遺贈や生前贈与が複数ある場合の順番とは
人によっては、遺言書による「遺贈」と「生前贈与」が複数回行われる場合があります。
この場合、誰に・どのように遺留分侵害額請求をするかは、法律で決められた順番に従って行う必要があります。
死因贈与・生前贈与・遺贈・相続の違いとは
亡くなった人から財産を譲り受ける方法にはいくつか種類がありますが、次のような違いがあります。
死因贈与 | 財産を渡す人(贈与者)ともらう人(受贈者)が、「贈与者が死亡したら、生前に決めていた財産を贈与する」という契約を結ぶ方法 |
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生前贈与 | 贈与者が生きているうちに、受贈者に財産を贈与する契約を結ぶ方法 |
遺贈 | 遺言によって「自分が死んだら誰に何の財産を譲る」と、贈与者の一方的な意思表示で受贈者に財産を渡す方法 |
相続 | 被相続人が亡くなることで、財産が配偶者や子ども等の法定相続人に移転すること |
遺贈と生前贈与がある場合
遺贈と生前贈与の両方がある場合は、遺贈を受けた人(受遺者)が先に負担します。
遺留分権利者は、まずは受遺者に対して遺留分侵害額請求を行い、それでも遺留分に満たない場合は、贈与を受けた人(受贈者)に遺留分侵害額請求を行うのがルールです。
遺贈が複数あった場合は、遺贈された価格の割合に応じて請求します。
複数の生前贈与がある場合
生前贈与が複数ある場合は、時期の新しい方、つまり被相続人の死亡時期に近い方から順番に遺留分侵害額請求の対象になります。
死因贈与と生前贈与がある場合は、被相続人の死亡に近い死因贈与が先に対象になります。
同時に複数の生前贈与がされた場合は、贈与された価格の割合に応じて財産の価額の割合に応じて請求します。
複数の遺贈がある場合
複数の遺贈がある場合は、遺贈された価格の割合に応じて、受贈者全員に対して遺留分侵害額を請求します。
これは、遺贈は被相続人の死亡と同時に効力が生じ、贈与のように時期の前後がないので、受贈者全員に請求すべきと考えられているからです。
ただし、遺言書で、特定の受遺者から先に遺留分侵害額請求するよう書かれていた場合は、被相続人の意思を尊重し、指定された順番で遺留分侵害額を請求します。
生前贈与で遺留分侵害額請求をする方法と3つの注意点
生前贈与で遺留分が侵害されたことを理由に遺留分侵害額請求を行う場合は、特に次の3つの点について注意してください。
生前贈与で遺留分が侵害された場合の遺留分侵害額請求の方法
不公平な内容の遺言書があった場合、必ずしもそれに従う必要はありません。
遺贈や生前贈与で遺留分が侵害された場合、次の手順で遺留分侵害額請求を行いましょう。
当事者で話し合う
遺言書があった場合でも、必ず従わなければいけないわけではありません。
受贈者、相続人など全員が同意すれば、遺産分割協議を行い、遺言書とは異なる内容で遺産を分けても構いません。
全員が同意した内容は「合意書」にまとめ、当事者全員が署名・押印しましょう。
内容証明を送付する
遺留分侵害額請求を行う場合は、受贈者に配達証明付きの内容証明郵便を送って通知します。
内容証明郵便は、郵便局が、誰が誰にどのような内容の文書を出したかを証明する制度で、時効の完成を6か月猶予する効果もあります。
調停を行う
当事者の話合いがまとまらない場合は、家庭裁判所に「遺留分侵害額の請求調停」を申し立てます。
調停は、調停委員が関与するとはいえあくまでも話し合いなので、双方の合意がなければ成立しません。調停がまとまれば「調停調書」が作成され、判決同様の法的な拘束力があります。
裁判を起こす
調停でも話合いがまとまらない場合は、家庭裁判所に「遺留分侵害額請求訴訟」を提起できます。
裁判の途中で裁判官が和解を勧めてくることが多いですが、和解にも至らなかった場合は、裁判所が遺留分侵害の有無や金額を決定して判決を出します。
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消滅時効に注意
遺留分侵害額請求権には時効があります。
原則として、相続開始があった時、自分が相続人と知った時、遺留分が侵害されたと知った時から1年以内に請求しなければなりません。
また、相続開始から10年がたつと請求できないのが原則です(除斥期間)。
特に、親と疎遠で相続開始の時期や遺留分の侵害を知るまでに時間がかかった場合は、時効に気を付けて請求しましょう。
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生前贈与や遺贈が不動産だった場合の計算に注意
「親が亡くなる5年前に、共同相続人である兄だけに不動産を贈与していたために、弟である自分の遺留分が侵害された」など、遺留分侵害額請求の対象が不動産だった場合は、遺留分の計算方法が特に複雑になるため注意が必要です。
不動産の価格は、
- 公示価格(土地産売買の基準となる価格)
- 相続税評価額(公示価格の約8割に相当する、路線価などから計算する価格)
- 固定資産税評価額(公示価格の約7割に相当する、固定資産税を計算する価格)
など、複数の基準があります。
どの価格を用いるか、またいつの時点を基準にするかによっても異なりますし、そもそも遺留分の侵害額が決まらないこともあります。
不動産が遺留分の侵害の対象になる場合は、不動産鑑定士などに依頼して客観的に評価してもらうことをお勧めします。
他の相続人の影響は受けない
「親が、子供である3人姉妹のうち姉だけに全財産を遺贈するという遺言を遺したので、妹2人の遺留分が侵害された」など、複数の相続人の遺留分が侵害された場合でも、遺留分侵害額請求は相続人が個別に行うものです。
ポイント
もし、次女が遺留分侵害額請求を放棄しても、三女は個別に長女に対して遺留分侵害額請求ができますし、次女が遺留分を放棄しても、三女の遺留分が増えるわけではありません。
特に、複数の相続人の遺留分が侵害された場合、お互いに協力しようとするケースは多いのですが、他の相続人の事情は影響を受けない点に注意してください。
生前贈与で遺留分侵害額請求を検討している場合は弁護士に相談を
被相続人の生前贈与によって遺留分が侵害された場合、生前贈与のすべてが遺留分侵害額請求の対象になるわけではないことに、驚いた方もいるのではないでしょうか。
近年の民法改正により、ご自身のケースで遺留分侵害額請求をできるか悩むこともあるかと思います。
そのような場合は、まずは弁護士に相談してください。
特に、「遺留分を害することを知って」したかどうか、贈与が特別受益に当たるかどうかといった点は、過去の裁判例や諸般の事情から慎重に検討する必要がありますが、弁護士ならば、豊富な経験と知識から、ご自身のケースを具体的に検討することが可能です。
また、実際に遺留分侵害額請求をする場合も、依頼すれば代理人として話合いから裁判まで、全て任せることができ、ご自身は普段通りの日常生活を送ることが可能です。
遺留分侵害額請求には時効もあるので、できるだけ早い対応がおすすめです。
生前贈与と遺留分侵害額請求でお困りの方や疑問がある方は、遺産相続の分野に強い弁護士にまずはお気軽にご相談ください。
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