感染対策にはしっかり注意していたのに、新型コロナウイルスをうつされてしまった。
うつした人に損害を賠償してもらいたい。
今の時代、そう思う人は多いに違いありません。
しかし、病気をうつされたからといって誰かに損害賠償を請求できるのでしょうか。
結論からいうと、損害賠償請求はできません。
裁判での争点は主に以下の3つです。
- 感染経路の特定
- 加害者の故意または過失の立証
- 因果関係の立証
逆に言えば、上の3項目が明らかな場合は損害賠償請求できる可能性があるということになります。
コロナをうつされた裁判で争点になる故意・過失と因果関係
では、新型コロナ感染の訴訟で争点になりそうな上記の3項目ついて詳しく説明します。
感染経路の特定
新型コロナウイルスがどのような経路で移動してきたのか、つまり誰から誰にうつって自分までたどり着いたのかを、はっきりさせるのは現実的には不可能です。
パンデミック前の段階では入国者から経路を特定するなどができていましたが、感染が拡大してしまった状態ではどこにいても感染の可能性はあります。
徹底した自粛生活をしていたとしても、生きていくうえで最低限必要な社会との接触はあります。
宅配便を受け取ったり、スーパーで買い物をしたり、電車に乗ったりしたときに、直前に物品に接触していた人が感染者だったら、自分に感染する可能性は残るわけです。
したがって、極端な場合を除き、誰からうつされたかを特定するのは非常に困難といわざるを得ません。
故意または過失の認定
損害賠償を請求するには、相手側に故意または過失がなければなりません。
つまり、「わざとやった」「義務を怠った」など、相手が責任を持たなくてはならない理由が必要です。
わざとやった
例えば、新型コロナウイルスのPCR検査の結果「陽性」で、自身が感染していることを知っていた場合はどうでしょう。
自分が感染しているにもかかわらず、何の対策もせずに人と接触し感染させたら、「わざとやった」と思われてもしかたありません。
新型コロナウイルスの伝染経路は人との接触、咳やくしゃみの飛沫、人が触ったものに触るなどが考えられます。
こういったことは現在の日本では周知されていることなので、故意が認められると考えられます。
義務を怠った
企業には「安全配慮義務」というものがあり、労働者が安全に働けるように環境を整えなくてはなりません。
労働契約法には以下のように定められています。
労働契約法第5条
使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。
アルコール除菌スプレーの用意や感染防止用の衝立・アクリル板の設置、テレワークの推奨など企業努力がもとめられています。
充分な感染防止対策を行っているにもかかわらず感染者が出てしまった場合、その企業の過失を認めるのは難しいといえます。
過失相殺
被害者自身にも落ち度がある場合には加害者の責任は軽減されます。
たとえば、マスクを着用していない、手指の消毒を怠った、人の集まる場所に出入りしているなどは、被害者の落ち度になります。
因果関係の認定
因果関係というのは原因と結果がつながっているかどうかです。
原因 相手側が義務を怠った、わざと接触してきたなど
結果 感染した、閉店したなど
「相手側が義務を怠ったことが原因で感染した」とか「わざと接触してきたからクラスターが発生した」ということを、原告側が立証しなくてはなりません。
感染経路が特定されていないと、因果関係の立証は難しくなります。
しかし、感染経路が明らかになっている場合でも、因果関係が成立するとは限りません。
たとえば、職場で感染したとして、会社の責任を追及していたが、感染経路は社外だったという場合です。
会社が義務を怠ったことと被害者が感染したことには因果関係がありません。
損害賠償請求が考えられる”コロナをうつされた”パターン
コロナ感染による損害賠償請求を考える状況はいくつかありますが、典型的なパターンごとに説明します。
- コロナ感染者が意図的に接触してきた
- 職場で感染した
- 院内感染した
- クラスターで業務停止に追い込まれた
④は①~③とは事情が異なっていて、外部から職場にウイルスが持ち込まれてクラスターが発生した場合に、事業主は誰かに損害賠償を請求できるのかというパターンです。
①コロナ感染者が意図的に接触してきた
自身がコロナに感染していることを知りながら、接触してきた場合です。
このようなケースはめったにありませんが、行為者の故意・過失が明らかなケースです。
それでも、感染させられた人がどのような症状になるかを、加害者が予測できたかどうかは難しい問題です。
感染しても症状が出ない人も多いので、その人自身の損害はないと言えます。
それでも2次感染、3次感染を考えると、やはり感染者には慎重な行動が要求されるでしょう。
行為者の故意・過失が明らかな場合でも感染経路、因果関係は証明しないといけません。
他に接触した人がまったくいないなど特殊な状況であれば、感染経路・因果関係も明らかとなるかもしれません。
②職場で感染した
この場合も、職場の事業主が感染防止に必要な対策を行っていたかどうかが問題となります。
上にも書きましたが、企業には「安全配慮義務」があります。
十分な感染防⽌措置が施されていないのに出社を強要されたり、感染リスクの高い地域への出張が原因で感染した場合は、事業主の責任を問えると考えられます。
要は、職場なり仕事環境での感染リスクが一般生活における感染リスクを超えるかどうかが問題となります。
③院内感染した
医療機関にも当然「安全配慮義務」がありますが、厚生労働省の通知や学会のガイドラインに従って、最新情報による適切な感染対策を取っていたかが問題になります。
新型コロナウイルスの感染対策の方法は日々新しくなっています。
新しいウイルスなので、何が最も効果的な方法かがまだまだ模索段階だからです。
コロナ患者を受け入れている病院はもちろん、コロナ患者を受け入れていない医療機関でも感染対策は必須です。
④クラスターで業務停止に追い込まれた
飲食店や旅行関係、他にも新型コロナによって損害を被っている事業は多いでしょう。
職場での感染防止対策を徹底しているのに、外部から持ち込まれた新型コロナウイルスによってクラスターが発生してしまった。
その結果、全社消毒や従業員全員のPCR検査を行い、最終的には業務停止することになった。
このような場合は相手方に損害賠償を請求できるのでしょうか。
この場合も感染経路の特定と加害者の故意・過失が争点となります。
いずれも大変難しいといえます。
”コロナをうつされた”というだけでは裁判になりにくい
以上のように、新型コロナウイルス感染によって、損害賠償を請求できるケースというのは非常に稀だということがわかると思います。
訴訟大国アメリカでは、コロナ訴訟が急増して裁判所がパニックになるのではと危惧されていましたが、実際は予想を遥かに下回る訴訟件数です。
訴訟に持ち込んでも勝ち目がないということを弁護士が依頼人に説明しているからです。
では、日本で初めてコロナ感染による損害賠償請求が提訴された事件を挙げておきましょう。
介護ヘルパーから感染?広島の損害賠償和解事例
日本で初めてコロナ訴訟になるか?と思われたのは、広島の「介護ヘルパーから感染」したとして損害賠償を請求した事件です。
2020年4月に、新型コロナによる肺炎で死亡した82歳の女性の遺族が、介護事業者を相手に損害賠償金4400万円を要求して提訴しました。
発熱や味覚・嗅覚異常など感染の兆候があったヘルパーの訪問介護を受けたことが原因だとし、介護事業者の安全配慮義務違反を追及しました。
しかし、10月に和解が成立し、介護事業者に賠償責任ははなく、介護事業者は新型コロナウイルス感染予防に最大限努力しながら事業を継続するなどを条件に合意しました。
コロナをうつされた!~まとめ~
新型コロナウイルスに感染する恐れは誰にでもあります
また、事業が損害を被ることもたびたびです。
そんなときに誰かに損害を賠償してもらいたくなりますが、認められることはとても少ないということになります。
理由は以下の3点です。
- 感染経路の特定が難しい
- 加害者の故意または過失を立証するのが難しい
- 因果関係を立証するのが難しい
マスク着用を忘れない、不要不急の外出を控える、集まりにはなるべく参加しないなど、一般的に呼びかけられている感染防止対策を徹底しましょう。
自ら守る姿勢は最大の予防策だと言えます。
※本内容は、令和3年6月時点での情報です